私がいるから大丈夫!

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [私がいるから大丈夫!]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
10 私がいるから大丈夫!

 路上研修の最終日。
 今日が終われば、いよいよ明日が本番となる。

 タクシーの業務といえば、お客さんを乗せ指定する場所へと向かい、そして到着すればそこでお金を頂く。
 とても簡単に聞こえるが、実際やってみるとこれがなかなか難しいらしい。

 簡単そうな事がなぜ、うまく出来ないのか?
 ······それは物凄く緊張をするからだという。

 例えば道を間違えたり、精算時に計算間違いなどの失敗を結構起こすらしく、もはや緊張すること自体が新米ドライバーにとっての登竜門だと言っていた。

 とはいえ、やはり失敗は極力したくはないもの。
 そこで、そのような失敗や不安を少しでも取り除くために考えられたのが、今回行われる最後の路上研修だという。

 その内容は、横に班長(もしくは副班)を乗せつつお客さんをも乗せて走るというもの。
 つまり、本番さながらのリアルな体験を、研修を通じ慣らしていくらしい。

 今回の路上研修でいえば、横に宮坂さんを乗せつつお客さんも乗せるということになる。
 これなら、緊張して道を間違えることも無ければ、精算時の計算間違いも起こさない。
 
 そう言う意味で、今日の路上研修はいかに重要なものなのかがよく分かる。

 そうこう考えているうちに、宮坂さんのタクシーが見えてきた。
 まだ始まってもいないのにも関わらず、少し緊張してきた······。

「ん?」

 タクシーのエンジン音が耳に届く。
 よく見ると髪を一つ括りにした黒髪の女性が、毛ばたけを左右に動かし埃をはらっている。
 
「え!?」

 宮坂さんが来るまでに、洗車を済ませておこうと早く出勤したつもりだったのに······。

「すいません! 先輩より遅く出勤し、それどころか洗車までさせてしまって! 本当に申し訳ありません!」

 俺は深々と頭を下げた。
 宮坂さんは俺の声に一瞬ビクッとさせたあと、おもむろに身体をこちらに向ける。

「あ、おはよう牧野くん」

 ······え? 怒ってない!?
 嫌みの一つでも言われると思っていたのに······。

 昨日の路上研修は、ギリギリの合格ラインで、仕方がないから合格にしてあげた、という雰囲気だった。
 
 それどころか宮坂さんは、怒りのあまり顔を赤くさせ涙を滲ませながら少し震えていたくらいだ。
 本当は何か言いたいのではないか。

 ······そうか。
 本当は、出来の悪い俺に何か言いたいところだけど、今は教官である身。ゆえに、我慢してくれているだろう。なんか申し訳ない気持ちで一杯だ。

「あ、宮坂さんあとは俺がしますんで休んでいてください」

 宮坂さんは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにその申し出を断った。

「ううん。一緒にしましょ」

「え? あ、はい······」

 そう返事をしたあと俺は、荷物を適当な場所に置き、バケツに水を入れ布巾をその中に入れた。

 ──おかしい!

 だって今、俺に見せた宮坂さんの表情が······笑顔だった。しかも、優しい声。

 ──良い事でもあったのだろうか······。
 少し恐いような気もする。
 でも、宮坂さんってあんな表情もできるんだな。


 
「よし、こんなところかな」

 タイヤに付いた泡を洗い流したところで洗車は終了。
 うん、いつ見ても宮坂さんのタクシーはピカピカだ。

「牧野くん、飲み物何がいい?」

「え、いや、今日は俺が出します!」

「ここは先輩に奢られるべきところよ?」

 いま一瞬、宮坂さんは拗ねるような仕草をした。
 気のせいか? 気のせいだよな? まあ、可愛かったけど。

「あ、じぁ、コーヒーのブラックでお願いします」

「わかった。少し待ってて」

 そう言うと宮坂さんは、自販機のところへ向かっていった。
 まあ、カリカリしている宮坂さんよりも機嫌の良い宮坂さんの方が良いよな。
 

 布巾をギュッと絞り、簡易の物干し竿に掛けた。
 
「はい、牧野くん」

 そう言って宮坂さんは、俺の顔の前に缶コーヒーを差し出した。

「ありがとうございます」

「ねぇ、牧野くん?」

「はい」

「今日は、お客さんを乗せて走るんだけど緊張はしてない?」

「かなり緊張してます。というか、自分は他の新米ドライバーさんよりも出来が悪いので、お客さんに迷惑が掛けないかとても心配です······」

 二日間の路上研修において、宮坂さんのあの呆れ具合を見ていれば、いかに俺がタクシードライバーとしての素質が酷かったのかがよく分かった。

 しかし何故だろう?
 昨日はよく眉間にシワを作り終始不機嫌そうだったけど、どう言うわけか今日にかぎってやけに優しい。

 もしかして、俺のあまりの出来の悪さに、投げやりになっているのだろうか。

 もしそうだったら、こんな劣等生の俺に優秀な宮坂さんを付き合わせるなんて······何だか申し訳ない気持ちだ。
 宮坂さんにとって大事な時間を俺は奪っているのだから······。

 どうせ落第するのであればここはいさぎよく、自分は身を引く(自主退職)べきではないだろうか?
 それがお世話になった宮坂さんへの、せめてもの恩返しになるのではないか?
 
「あの──」

「私がいるから大丈夫! がんばろ?」

 ん? 何かの冗談か!?

「あ、いやでも······」

「大丈夫! さ、行きましょ!」

 俺がいまから話そうとしたことを、まるで宮坂さんは分かっていたかのように、言葉を被せそれを阻止した。

 なるほどそう言うことか······。
 自分の教え子が研修終了を待たずにして途中に辞められるとなると、体裁が悪いのだろう。

 宮坂さんは会社で売上がトップだというし、きっとプライドが許さないのかもしれない。

 自分が会社を辞めることで、宮坂さんのためになると思っていたが······。
 よし、そう言うことなら研修を最後までやり抜いて、最終的に落第というシナリオに乗ることとしよう。

「宮坂さん、最後の一日どうぞ宜しくお願いします!」


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