はじめてのお客さん

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [はじめてのお客さん]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
11 はじめてのお客さん

「教習中のため、本日、乗務員が二人乗車となっています。大変ご迷惑をお掛け致しますが、どうぞよろしくお願いします」

 外で待機していた宮坂は、いま乗車しようとするお客さんに、今日は教習中だということを丁寧に説明する。

「いいですよ」

 お客さんは、それを了承すると宮坂さんは両手を前に、そして腰を折りお辞儀をする。
 お客さんが乗車すると「ドアを閉めます」と言ってからドアを閉めた。まさに無駄のない流れるような接客だった。

 助手席に宮坂さんが戻ってくると、顔をこちらに向け『次は君の番』といった雰囲気で視線を送ってきた。

「ご、ご乗車ありがとうございます。今からどちらへ向かわれますか?」

「松井山手駅までよろしくお願いします」

「松井山手駅ですね、かしこまりました!」

 復唱したあとタクシーを走らせた。
 初めてのお客さんということで気分は高揚している。

 ──ドキドキする······。

 そんな緊張の最中、宮坂さんは小声で俺の名を呼ぶ。
 
「ねぇ、牧野くん、メーター」

「え······!? あっ!」

 メーターに目をやると空車状態だったので、すかさず実車ボタンを押す。

 ピッ!

 金額が表示された。
 ふぅ、危なかった······。

 宮坂さんに指摘されなければ、きっと現地に到着するまで気づかなかっただろう。
 緊張からの失敗······つまり、こう言う事なのだろう。

「すいません······」

 ペコッと頭をさげながら小さな声で謝ると、宮坂さんは小さな声で「うん、いいよ」と返してくれた。

 タクシードライバーとしてのはじめてのお客さんは、腰の曲がったお婆さんだった。
 にこにこしていて優しそうなお客さんだ。
 そう思うと同時に、はじめてのお客さんがこの人でよかったと安堵する。

 というのも······。今朝の事を思い出す。

『よう、マッキーおはよう! いよいよ今日最後の路上研修だな! 頑張れよ!』

『あ、はい! 有難うございます!』

『ところで、側乗は宮坂がしてんだろ? 厳しいだろ? 有名だからなー、あいつのスパルタ研修······。しかも、そんな時に限ってうざい客が乗ってくるんだよなぁ。はっきり言って心が折れるぜ?』

 ダブルの緊張で、何人の新米ドライバーが心を折ってきたことか······と、村野さんはぽつりと言った。

『まあ、でもどんなお客さんが乗ってきたとしても、心は強く持つんだぞマッキー!』

 そんな話を今朝、村野さんから聞いていたものだからかなり不安でしかなった。

 まあ、そうだよな宮坂さんに叱られ、そしてお客さんには絡まれたりした日には、それゃ心が折れるよな······。

 そんなわけで、一発目のお客さんが優しそうなお婆さんで本当によかったと心の底からそう思った。
 いくら今日、自主退職するにしてもやっぱり無事に研修は終わらせたいからな。

 信号が赤になるのが見えたので、タクシーを減速し停車する。
 そのタイミングで宮坂さんが話しかけてきた。

「牧野くん、一応確認なんだけど松井山手駅の場所は分かるわよね?」

「はい、大丈夫です! 移転していなければ······」

「移転はしていないわ。でも、もし分からなかったら言ってね」

 松井山手駅には、子供の頃に何度か両親と行ったことがある。
 昔に比べ、街並みは幾分変わったように思えるが、道自体はそれほど変わっていなかったので迷うことはない。
 駅の場所もそれほど難しい所にある訳ではないので間違えることはまずないだろう。
 
 目的地まであと半分。
 道中、宮坂さんからルートの確認はあったものの、それ以外の会話はなく車内はいたって静かだ。
 静かすぎて、むしろ緊張が増す。

 何か面白い話でもすれば幾分か緊張もほぐれるのだろうが、実のところ緊張しすぎていてそんな事に気が回らない。

 そんな俺の気持ちを察してか、突然お婆さんが話かけてくれた。

「運転手さん、タクシーのお仕事は今日がはじめて?」

「あ、はい。はじめてでとても緊張しています」

「ふふふ、でも運転お上手よ」

「あ、ありがとうございます!」

「ところで、運転手さんとお隣のお嬢さんはお若そうだけどおいくつ?」

「22です」

「私も22です」

「あら、そう! お二人とも仲良しさん。ご結婚されてるの?」

「──へぁ!?」

「いえ、違います。お隣の宮坂さんは僕の上司で、仕事を教えてもらってるんです」

 ん? 宮坂さんどうしたんだろ、いきなり変な声を出して。しかも、おどおどと······。
 
「え、そうなの? お似合いなのにねぇ。あ、お兄さん、次の信号を左に曲がってくれる?」

「あ、はい次の信号左ですね」

 車を左折したとき、一瞬だけ視界に宮坂さんが入った。

「──っ!?」

 ──顔が真っ赤だった。

 まあ、でもそうだよな······。

 いくら誤解とはいえ、よりにもよってこんなパッとしない俺と結婚しているなんて、冗談でも言われたくないよな。

 そもそも俺と宮坂さんとでは、あまりにも釣り合わなさすぎる。
 きっとそれで、憤懣とした気持ちになったのかも知れない。別に俺が悪いわけではないが、何だか申し訳ない気持ちになった。

「運転手さん、そこの電柱のところでお願いします」

「はい、かしこまりました」

 タクシーを左へ寄せ停車。
 
「ありがとうございます。料金は2500円になります」

「はい。じぁ、5000円。あ、お釣りは結構よ。少ないけど、これでお茶でも飲んでちょうだい」

「え!?」

 いきなりの事で、一瞬どうしたらいいのか分からなかった。しかも高額なチップ。
 ひとまず宮坂さんの指示を仰ごうと思い、視線を向ける。すると宮坂さんはウンと頭を縦にふった。

「あ、ありがとうございます!」

 そう言うと、お婆さんは笑顔を見せて車から降りていく。
 既に外に出ていた宮坂さんは、きれいにお辞儀をしお礼をする。
 するとお婆さんは宮坂さんに何か話し掛けていた。内容は聞き取れなかったが、ほどなくしてお婆さんは帰っていかれた。

 宮坂さんはお婆さんを見送ると、ドアを開け座席に座る。間もなくしてカチッとシートベルトの締める音が聞こえた。

「ここは営業区域外だから、一旦戻りましょう」
 
 と、宮坂さんは前を向いたままそう言った。
 気のせいだろうか、よく見ると宮坂さんの耳が真っ赤に染まっていた。


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