宮坂さんとファミレスへ

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [宮坂さんとファミレスへ]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
12 宮坂さんとファミレスへ

「ありがとうございました!」

 現地に到着し精算を済ませると、お客さんはタクシーから降りて行かれた。
 その直後、忘れ物がないか目視で確認しドアを締める。

 タクシーメーターの空車ボタンを押すとピッという音ともに、メーターに映し出されていた金額は消え空車の文字へと変わった。

 日報を手に取り乗車地と降車地、そして金額を記入。その様子をじっと見ていた宮坂さんは、日報から俺の顔へと視線を移した。
 
「だいぶ慣れてきたみたいね」

 確かにはじめの時に比べれば要領はだいぶ掴めてきたけれど、それでもまだ緊張することには変わりない。

「何とかここまで出来ているのも、宮坂さんのお掛けです」

「そんなことないは、これもきっと牧野くんが努力してきた成果よ」

「そ、そうでしょうか?」

 いまいち実感が湧いてこない。
 そもそも昨日まで、宮坂さんは眉間にしわを寄せるほど俺の出来の悪さに憂いていたはず。
 なのに、今日になっていきなりそれが好転するなんてとても考えられない。

 ······あ、そういうことか。

 今日の研修で俺は落第する。
 最後くらいは花を持たせてやろうという、そういう計らいなのかもしれない。

「きっとそうよ。だからこれからも一緒にがんばりましょ?」

 これからも一緒に?
 俺にとってこれが最後の仕事だというのに、何て言葉を掛けてくれるんだろこの人は······。

 村野さんは宮坂さんの研修はスパルタ教習だと言っていた。確かにはじめはそうだった。
 だけど今日の宮坂さんに関して言えば、それらを帳消しにするほどに誉めてくれる。

 ······そういう教育方針なのか?

 一旦持ち場に戻るため車をしばらく走らせる。
 何気に宮坂さんの方へ視線をやると、スマホで何かを調べているようだった。
 すると突然そわそわとし始める宮坂さん。

 そのつかの間······。

「ねぇ、牧野くん?」

「は、はい?」

「そろそろお腹が空いてきたんじゃない?」

「言われてみれば確かに」

 そう言って俺はお腹の辺りをさする。

「今からファ、ファミレスに行かない?」

「え!?」

「だ、駄目だったら別に良いのだけど······」

 まるで俺が断ると思ったのか、宮坂さんは手を左右に振って狼狽えている。

 ──め、珍しい。

 この二日間、昼休憩の食事は会社で食べていたというのに、なぜ今日に限ってファミレスなんだろう? 

 これも最後の甘やかしイベントなのだろうか? いや、まさかのダメ出しという線かもしれない······。

「駄目じゃないです! ファミレス、行きましょう!」

 折角のお誘いだ、断る理由もない。
 少し早い昼食だったが、俺は宮坂さんと近くのファミレスへと向かうことになった。
 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」

「二名で、禁煙席でお願いします」

 洋食系の某ファミレスチェーン店にやって来た。
 店員に付いて歩く宮坂さんのほんの少し後ろを、俺は付いていく。

 お昼時ということもあり店内は満席に近かかった。何気に店内を見渡すと、サラリーマンやOLが多く見受けられる。

 席は窓際の一番奥。
 その席にたどり着く途中、各席の男性から宮坂さんはチラ見されては注目を浴びていた。

 中には二度見する者や、女性からの視線もあった。誰から見てもやっぱり宮坂さんは美人なんだなと改めて感心する。

「こ注文が決まりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

 そう言い終えると、店員はお辞儀をし席から離れていった。

 しばらくメニュー表を眺めていた宮坂さんは、食べたい料理が決まったらしく、メニュー表をゆっくりと閉じる。そして、俺の顔を見た。

「決まった?」

「はい。じぁ、呼びますね?」

「それだけで足りるんですか?」

「足りるわよ? どうして?」

「い、いや、何でもないです」

 宮坂さんの前に置かれたのは、海老グラタン。
 女の人って少食なんだな······。
 そう思いながら俺は、自分が注文した和風ハンバーグ定食に目を落とす。

「「いただきます」」

 宮坂さんは髪を耳に掛け、グラタンをスプーンですくい「ふー、ふー」と冷ましてから口に運んだ。
 
 小声で「あちゅ!」と言いながら咀嚼する宮坂さん。不意に可愛らしい一面を見せられ、俺は思わずドキッと胸を高鳴らせる。

 そんな宮坂さんに見とれていると、不意に目が合ってしまった。

「食べないの?」

 こてっと首を横に向ける宮坂さん。

「──っ!?」

 日頃から凛としていて近寄りがたいだけに、このギャップは凄すぎる! 反則だ!

「す、すいません。食べます」

 平常心をよそおい、俺はハンバーグに箸をつけた。

 危なかった······。

 ······これ以上、宮坂さんに見惚れているのは、あまりにも危険だ!
 それ以降、俺は宮坂さんとは目を合わせず無心に食事を取りながら、あることを思い出していた。

 ──氷結の黒薔薇姫。

 高校時代から今に至るまで、ずっとそう呼ばれ続けてきた宮坂さんの蔑称。

『今の感じで何となく分かったと思うけど、接し方は冷たく、そして触れようとすると棘を刺すように、嫌味で返すとんでもない奴なんだ』

 最近は、研修に集中していたのでその事を失念していたが。思い起こせば路上研修の一日目と二日目に関しては、冷たくあしらわれ嫌味も言われた。研修中は胃が痛くなるほど険悪なムードだった。

 だけど二日目の終わりくらいから、どういうわけかその険悪なムードは緩和し、今日はやけに優しい。もしかして······次のステージへと進む何かの前触れか!?

 そんなことを考えていると、目の前から柔らかい声が聞こえてきた。

「ねぇ、牧野くん?」

「は、はい!」

「さっきから何度も呼んでるんだけど······?」

「あ、いや、すいません······考え事をしていました」

 そんな言葉を受けて、宮坂さんは「もう!」と言いながら可愛く頬を膨らませる。
 
「牧野くんが昨日言っていたその······か、彼女さん? は見つかりそう?」

「彼女じゃありません。幼なじみですよ。──市役所に行って問い合わせたのですが、プライバシーの問題で断られました。それ以降、色んなつ手を使って調べているのですが······」

 始めは市役所で聞けば居場所が聞き出せるかと思っていたが、その考えは甘かった。
 以前、隣に住んでいた人や数少ない友人に聞くも、引っ越ししたことは知っているが、それ以上の事は知らないと言われた。

 人づてによる情報は皆無。
 結局、打つ手なしで今にいたる。

「そっか······。ねぇ、その幼なじみさんってどんな子だったの?」

「美咲ちゃんですか?」

「······へぁ!?」

「ど、どうしたんですか!?」

 いきなり変な声を上げた美咲さんは、次第に顔を赤く染める。

 ん? あっ!
 そういえば、宮坂さんの名前って······。
 美咲さん!? だったよな······。

 ······ま、まずい! これは非常にまずいっ!
 いくら誤解とはいえ、俺なんかに名前で呼ばれて、きっと不愉快にさせたのかもしれない······。
 
「す、すいません! 幼なじみの名前とはいえ、宮坂さんへの配慮が足りませんでしたっ!」

 俺はテーブルに両手をつけ、深々と頭をさげて謝罪した。

 少しして頭を上げ様子を伺うと、宮坂さんは顔を下に向け「大丈夫······だから、つづけて」と呟く。

 大丈夫······なんだ。怒ってないと?

「その子は東山美咲さんという名前で、俺は美咲ちゃんと呼んでいました。明るくて元気な女の子で、クラスの人気者でした。本来なら、陰キャな俺が近付けられるような存在ではなかったのてすが······。幼なじみの特権ですかね」

 そう、彼女は優しくて太陽のような存在だった。
 改めて思うと、何で俺みたいな陰キャといつも一緒に居たんだろ? といつも不思議に思うことがあった。

「昨日も話しましたが、当時の彼女は家庭環境が良くなくて毎日がとても辛そうだったんです。他人には明るく振る舞っていましたが、凄く落ち込んでいました。泣いている日もありました。そんな彼女に、せめてその辛さを吐き出させ、少しでも楽になってもらおうと思ったんです。まだ子供だった俺が、せめて彼女にしてあげられる事はそれしか無かったので」

 当時はそうしてあげることしか出来なかった。
 幼い頃から一緒に育って来たからこそ、彼女の機微な感情も分かっているつもりだった。だからその辛い思いを俺にぶつけて、少しでも楽になって欲しいと当時はそう思っていた。

「やっぱり、幼なじみの美咲ちゃんにはいつも明るくいて欲しいですからね」

 って俺、今めっちゃ恥ずかしいこと言ってね?

 ───!?

 今俺の目の前で、口に手を押さえ身体を小刻みに震わせる宮坂さんの姿があった。

「うぅ、う、ひっく······」

 え!? 何で泣いてるの?
 俺、何か言った?

 宮坂さんの嗚咽が聞こえたのか、近い席のお客さんがこちらに振り向き訝しげな表情を浮かべている。

「ちょ、宮坂さん!?」

 そう言って俺はハンカチをポケットから出し、宮坂さんに手渡す。

「ご、ごめんなさい······」

 宮坂さんはハンカチを受けとると、静かに涙をぬぐった。しばらくすると、少し気持ちが落ち着いたのかこちらに顔を向けた。

「急にごめんね······。つい感極まっちゃって······。ハンカチ、洗って返すから」

「───っ! お、おきづかいなく······」

 うっ、かわいい······。
 って誰だよ、宮坂さんのこと氷結の黒薔薇姫って言ったやつ! 確かに始めは怖かったけど、実は陽だまりの向日葵とかじゃないのか!? 

 いや······。油断は禁物か······。

「牧野くん? 君、その幼なじみさんの事、好きだった?」

 ───好き? なのか?

 そんなこと一度も考えたことがなかった。
 幼いときから一所に育ってきた仲。
 いつも太陽なような存在の美咲ちゃんには、ただ、ただ、明るく元気でいて欲しいとおもっていた。
 ただそれだけ······だった。
 
「好きというか、なんというか······。幼いときからずっと一緒にいたので、そう言うことはあまり考えたことがありません。でも、いつも明るくいて欲しいという気持ちはありました」

「そっか······」

 そう言うと、宮坂さんは一瞬憂いた表情を浮かべた。何か思うところでもあったのだろうか?

 時計を見ると、結構時間が経っていた。
 「もう、こんな時間······」と宮坂さんはぽつりと呟き、少し名残惜しそうに立ち上がった。

 先ほど頂いたチップで、俺は二人分の精算を済ませる。

 店を出て、タクシーの側までやって来たとき宮坂さんは俺の顔を一度見て、そして言った。

「ねぇ牧野くん。今度の休み空いているかしら? もし良かったらでいいのだけど、ちょっと用事に付き合ってくれる?」

 この俺とどこかへ行く? 何故だ?
 研修の一貫か?
 いやしかし、研修は今日で終わりのはず。

 というか俺、今日で······。

「はい。俺、今日でクビになりますので何時でも空いていますよ。······というか、陰キャな俺とどこかへ遊びに行っていいんですか? 彼氏さんに怒られますよ?」

 ん? いきなり頬を膨らませてどうしたんだろ?

「牧野くんクビじゃないから、辞めさせないし! あと、私、誰とも付き合ってないから! ······その、色々と君に聞きたいことがあるので······」

 そう言った宮坂さんの目つきは真剣そのものだった。
 事実は小説より奇なりという言葉があるが、今まさにそれが現実に起きている。

 そもそも俺は何故クビじぁないのだろうか?
 それどころか「辞めさせないし!」とはどういうことなのだ? ······わからん。

 そんなことよりも、こんな美人が誰とも付き合っていないなんて、そんな事ってあり得るのか?  マジなのか? というかこの世の男どもは一体どうなっているんだ!?

 それと······

 ───色々君の事を知りたい?

 全く中身の無い俺の一体何を聞きたいのか? 
 もはや狂気の沙汰としか思えない······。 

 考えれば考えるほど、宮坂さんに対する疑念が湧いてくる。

「······くん。 おーい牧野くん! 聞いてる?」

「は、はい!」

「と、とにかく君に辞められたら、個人的に困るから辞めないでね! それと、はいこれ、私のLINEのID。後で、私にも送っといて」

 個人的に困る······?。
 やっぱり、体裁が悪くなるからか。 

 一緒にどこかへ行くのは口実で、実はLINEのIDを聞き出そうとしているのでは? でも何のため? 監視? いやいや、まさかな······。

 ······もはや些か肩身が狭い気もするが、まあとりあえず辞められずに居られるのであれば、それに越したことはない。


 宮坂さんが辞めなくて言うのなら、もう少し頑張ってみるのもいいかもしれないな。


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