お守りと笑顔

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [お守りと笑顔]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
13 お守りと笑顔

 タクシー研修が終り、今日からいよいよ独り立ちだ。つまり······タクシー業務を今後、一人でこなさなくてはならないということである。

 洗車から始まり運転と接客を中心にこなし、入庫時は日報を仕上げ売上を納金し締め括る。
 そう聞くと、大したことをしてなさそうに思えるかもしれないが、その中身は意外とやることが多く大変なのだ。

 路上研修の期間中、宮坂さんが横にいてくれたお陰で一切不安を感じることなく仕事に集中できたが、今は心細さと不安でしかない。
 本音を言うと、宮坂さんにはずっと横に居てほしかったと本気で思った。

 昨日の路上研修の終わりに「もう大丈夫ね」と宮坂さんは言ってくれたが、自分としてはとてもそうは思えなかった。不安な箇所はまだまだ沢山ある。

 結局そんな事を考えたところで、どうなるわけでもない。最終的にはみんな一人でやっていかなくてはならないのだ。


 ──思わず溜め息がもれる。

 

 独り立ちの今日、俺が担当する記念すべき初乗りの車は34号車だった。
 今しがた、事務所に寄ったとき田宮課長から「今日はこれに乗ってくれ」と34号車の鍵を手渡された。

 ちなみに新人は色んな車をあてがわれるらしい。

 34号車のガレージにやってきた。
 隣は宮坂さんが担当する33号車のガレージ。
 そこには宮坂さんの自家用車が止まっていた。

 昨日まで同乗してくれていた彼女は今日はもう居ないんだなと思うと、不意に心にぽっかりと穴が空いたような寂しい気持ちがこみ上がる。

「宮坂さん、今日は何時頃に出庫したんだろ?」

 ふと、そんな事を口にした。
 時計を確認すると8時過ぎ。
 基本、うちの会社はフレックスタイム制なので各人出勤してくる時間帯はまちまちである。

 とはいえ、決められた時間内には出勤しなくてはならない。例えば昼勤なら朝は6時から8時までの間に出勤しなくてはならないというようなルールがある。

 俺は、未経験者ということで三ヶ月間は試用期間となっており、朝8時に出勤し17時に退社するという決まりとなっている。

 洗車を終えると、いよいよ本番。
 緊張のあまり余計な事ばかりが頭をよかぎるので、無心になって車を洗う。
 
 それにしてもこの車、宮坂さんの車に比べてちょっと汚いな······。中も外も、それどころかワックスも効いていない。

 そう思うと宮坂さんは、いかに自分の担当する車を大事にしているのか、洗車をしながら感心していた。

「よし! こんなもんかな」

 手をパンパンとはたいたあと腰に手を当て、綺麗に仕上がった車に満足する。

 その時、一台のタクシーが車庫に入って来るのが見えた。

 その車は俺の側までやって来ると静かに停車する。車番に目をやると33号車だった。

 少しして車内から宮坂さんが降りてきた。
 黒色を基調とした制服に、胸元には薄紺色の短いネクタイが結ばれている。
 今日も綺麗な黒髪は一つにまとめられていた。

 特徴の無い制服姿。イメージ的には地味そうに思えるかもしれないが、不思議と宮坂さんが着る事で一つのファッションに見えてしまう。

 そして、相変わらずの令嬢然としているその身のこなしは高い気品を感じさせ、近寄りがたいオーラを放っている。

 そんな優れた容姿の彼女が、飾り気の無い制服を着ているというギャップ姿を見た俺は、思わずドキッと胸を鳴らした。

「よかった、まだ出庫していなくて」

「どうかしたんですか?」

「うん······これ買ってきたの」

 宮坂さんから、白く小さな紙袋を手渡された。

「これは?」

「開けてみて」

 カサカサと音をならしながら、袋の中身の物を取り出す。そこには、交通安全と刺繍で編まれた白色のお守りが入っていた。

「牧野くん今日から本番でしょ? だからさっき、成田山に行って頂いてきたの。色々不安かもしれないけど、頑張ってね」

 そう言うと宮坂さんは、少し心配そうな表情をする。やはり俺の運転にまだ不安があるのだろう。
 たがら宮坂さんはこれを買ってきたに違いない······。

 さすがにここまで心配を掛けさせるドライバーって、きっと俺ぐらいなもんだろうな。何か申し訳ない気持ちで一杯だ······。

「ありがとうございます! まだ、出来の悪いドライバーですが、しっかり頑張ります!」

「う、うん、頑張ってね牧野くん」

 宮坂さんから頂いたお守りを、俺は一度白色の紙に戻し大事に鞄の中へとしまった。

「ところで宮坂さんって、朝は何時に出庫しているんですか?」

「ん? 朝? いつも3時には出庫しているかしら?」

 どうしてそんな事を聞いてくるの? と言わんばかりの表情を宮坂さんは俺に向けた。

「あ、いや、つい気になったもので······。それにしても、早すぎませんか朝?」

 基本うちの会社では、一台のタクシーを3人で回す2車3人制を取っている。だから、乗車時間には厳しく、守られた時間内でしか働くことが出来ない。

 宮坂さんは昼勤務なので、普通ならどんなに早くても6時からでないと出庫が出来ないはずだ。
 なのに宮坂さんは朝の3時に出庫しているという。

 そんな時間からでも出庫させてくれるのか? 
 昼勤は基本、早くても6時からではないのか?
 というな俺の疑問に、宮坂さんはどうやら察したらしく少し気まずそうな表情をした。

「あぁ、そうよね······。ちょっと言いにくいんだけど、私は特別なの」

 宮坂さんが言うには、宮坂さんは一車持ちだという。つまり、一台の車を一人で独占しているらしい。

 何故、そのようなことが許されるのか? 
 それは宮坂さんが、会社でトップの売上を上げているからだ。

 具体的に言うと、売上のトップ10入りさえすれば一車持ちになるらしい。

 少しえこひいきにも聞こえるが、意外に他の会社でもこういうことは頻繁に行われているようだ。
 ドライバー同士の競争を煽り、引いては会社にとってとってプラスになる仕組みとなっている。

 つまり、宮坂さんは好きな時間に出庫して入庫が出来るといっていた。

 俺と宮坂さんとの圧倒的な格の違い。
 まるで雲の上の人の話を聞いているようだ。
 到底自分には追い付けない領域の話に、途中から俺は他人事のように聞いていた。

 仕方ないよね? だって俺、まだ一人立ちすらしていないんだから······。

 ──それにしても、宮坂さんって······そんな世界(レベル)で戦っているんだ······。と言うことはよく分かった。

「そうなんですね······。何か大変そうですけど、頑張ってください! 応援してますんで!」

 そう答えると、宮坂さんは何故か少し寂しそうな表情を見せ視線を下に落とす。
 あれ? 何か不味いことでも言ったか?

 そう思うもつかの間、「くすっ」と宮坂さんから声が漏れる。そして、顔を上げ明るい笑顔を俺に見せてくれた。

「うん、そうよね。私頑張るね! って、私が牧野くんを激励しに来たのに、逆に私が励まされちゃったんですけど?」

 うむ、かわいい。
 誰かはしらんが、氷結の黒薔薇姫って言った奴って、きっと宮坂さんの事を分かっていなかったんだろうな。本当に勿体ないよなそいつ。こんなに笑顔が眩しいというのに。
 
 ほんの先程まで、一人立ちをしなくてはならないという不安に駈られていた俺は、いま目の前にいる宮坂さんの素敵な笑顔により、その不安は一瞬にして解消されるのであった。


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