大好物の餅パイ

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [大好物の餅パイ]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
15 大好物の餅パイ

 ──16時20分入庫。

「ふぅー。何とか一日目を乗り越えられた······」

 独り立ちしての初日を何とかクリアした俺は、まだ馴れていない仕事にどっと疲れを感じつつも、仕事をやり遂げたことに満足をしていた。

 一日を通し、上手く出来ていなかった点は所々にあったけど、それほど大きなミスはなく個人的にはうまく行ったと感じている。

 何より、研修のとき宮坂さんに指摘されていた箇所において、一度も失敗しなかった事は大きな自信にもつながった。

 軽く車内の掃除をし終えると、日報と私物などを持って事務所へと向かう。

 作業場へ入ると、すでに自分と同じように帰ってきていたドライバーと、今から出庫するドライバーとで作業場が大変賑わっていた。

 交代時間ということで作業場か大混雑しているのだが、そのせいで日報の仕上げが出来ないでいた。
 なら休憩室はどうかと思い二階へと上がるも、やはりそこでも全て埋まっている。

 まさかこんなことになるとは······。
 仕方がない車内で作業をするか······。

 そう思い営業車に戻り掛けたその時

「牧野くん、こっち」

 休憩室の向こう隣、会議室から半身をひょこっと出しながら手招きする宮坂さんの姿があった。
 俺は誘われるがままに会議室へ向かう。

 部屋に入るとそこには机とパイプ椅子が並べられた、これといって特徴のない会議室だった。

 上座にはノートパソコンと書類数枚が置かれており、ついさっきまで何かしらの作業をしていたことを伺える。

 宮坂さん、タクシー業務とは別にこういうことまでやっているんだ。

「お疲れさま牧野くん。人が多くて日報が書けなかったんじゃない? いつもこの時間になると、昼と夜の交代でいつも込み合うのよ。──えっと、飲み物はコーヒーで良いよね?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「いま淹れてくるから、座ってまってて」

 そう言うと宮坂さんは一旦会議室から出ていった。

 言われたとおり俺は席に着く。
 風で揺れるカーテンを目で追いっていると、ふとある疑問が頭をよぎった。

 ──俺、何で会議室に呼ばれたんだろ?

 まさか、今日の業務で何かしでかしたのだろうか······?。

 しかし、今日一日の事を思い返すも心当たりがない。

 あっ! 無くはない!
 一番目のお客さんだ!
 きっとプライベートに干渉しすぎたせいかもしれない。

「······初日から苦情って」

 思い当たる理由が分かると急に不安が襲い、目の前が暗くなる。そして、視線はカーテンから机へと落ちていく。

「お待たせ······ってどうしたの牧野くん!?」

「いえ······その、苦情ですよね······?」

 一瞬、宮坂さんはどういう事なのか少し考えあぐねたあと、小首を傾げ疑問の表情を浮かべた。

「ん? どういう事?」

 事情を説明すると宮坂さんは笑みを溢した。

「問題ないと思うよ? そういう報告も受けてないし。むしろそのお客さんから感謝されているんじゃないかな?」

 俺は苦情じゃなかったことに安堵すると共に、お客さんから感謝されているという宮坂さんの言葉に心が温かくなるのを感じた。

「ところで牧野くん、今日の成績はどうだった?」

「他のドライバーさんよりは良くないと思いますが、でも自分的には頑張ったと思います」

 そう言って日報を宮坂さんに手渡した。

「え!? すごいじゃない牧野くん! 初日でこれだけ売上を上げられるって上出来よ? 私なんか、初日は散々だったんだから」

「またまたご謙遜を」

 会社でナンバーワンの宮坂さんが、いくら入社したての頃とはいえ、まさか俺の売上より下ということはないですよね?

「ううん、本当よ。この調子で頑張ってね」

 路上研修の当初に比べて、最近の宮坂さんは物凄く優しくて褒めてくれる。

 もちろん優しく接してくれるのは嬉しいけど、でもこれって何かの反動があったりしないのだろうか? そう言う人を今までよく見てきたよ?

「はい、この調子で頑張ります!」

 でもまあ、機嫌を損なわれても困るし変な詮索は止めておこう。

「ところで、それ仕事の途中だったんじゃないですか?」

 そう言うと、俺はノートパソコンへと視線を向けた。

「あ、これ? これはね············!? ······な、な、何でもないの!」

 宮坂さんはパソコンに近づき画面を見るなり、パタンと勢いよく画面を閉めると、不意に顔を赤くさせ手をパタパタと何でもないことをアピールしている。

 うん、きっと営業テクニックなどが書かれていたのだろう。そりゃ、焦るよね。
 
「あ、すいません。変なこと聞いてしまって······」

「いや、ちがうの! これはその······日記みたいなもの······なのかな?」

 え、何でそこで疑問形? しかも日記って······。
 ──っ! 何、その上目遣いかかわいい!
 
「あぁ、なるほど日記ですよねぇ。なるほど、なるほど······」

 何となく気まずい空気になったので、俺は宮坂さんが淹れてくれたコーヒーを取り敢えず一口飲み、そして自分に用意してくれたお菓子を頂くことにした。

「ん!? え、これって餅パイですよね? 俺、大好物なんですよ! あぁ、久しぶりだなぁ」

 長細いパイ生地の中に粒餡ととろけた羽二重餅が入っている。パリッとしたパイ生地の食感と粒餡の絶妙な甘味に思わず舌鼓を打つ。

 ん、まてよ? この辺りで餅パイが売られているお店ってあそこしか無いよな?

「この餅パイって、もしかして香月の餅パイですか?」

「正解! 朝、お守りを買った時に一緒に買ってきたの。牧野くんと一緒に食べようと思って」

 ん? 俺と一緒に? 
 ということは、俺が帰ってくるのをわざわざ待っていてくれたのだろうか? でも、何でだろ?

「あ、ありがとうございます。というか、おれが帰ってくるのを待っていてくれたんですね。なんかすいません······」

「ううん。今日は牧野くんの初仕事だから、その、ちょっとしたお祝いにね」

 あぁ、そう言うことね。
 でも本当、宮坂さんって面倒見のいい人だよな。お守りも今朝貰ったし。

 まあ、俺だけ特別に祝ってくれているわけじぁないだろうけど······でも、誰かにこうやって祝ってくれるのはどれくらいぶりなんだろう。

 自然と涙が込み上げると共に、目の前で餅パイを小動物のように食べている宮坂さんに、俺は改めて心の中で感謝するのであった。


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