美咲日記(美咲視点)

スポンサーリンク

タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [美咲日記]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
16 美咲日記

 中学生時代、それまで幸せだった人生が父親の裏切りによって家族は崩壊した。

 それからというもの私の心は荒み、この世にいる全ての人に対し忌避感を抱くようになった。
 中でも男性に対しては虫酸が走るほどだった。

 ──これからはもう、お母さんと二人で人生を歩んでいけばいい。誰とも深く関わらないと誓った。
 
 そう、当時の私は人生に絶望をしていたのだ。

 ◇

「よし、これで終わり」

 誰もいない会議室。
 そこそこ集中力を要する雑務から解放された私は、天井を仰ぎ椅子の背にもたれた。
 
 月に一度、会社に提出しなくてはならない班の活動報告書をちょうど今完成したところなのだ。

 班の売上状況から次月の売上目標、そして個人の乗務スケジュール及び、改善点や報告事項などを作成した。

 本来報告書は、班長である淀川さんの職務であるのだが、最近体調がすぐれないと言うことで私が買って出た。そもそも副班ってそれほどやることが無いのだ。

 いつもなら報告書は二時間ほどで完成させるのだが、今日は訳あって猛烈に集中し一時間ほどで完成させた。

 その理由は······この後、樟ちゃんと一緒にあるものを食べようと思ったからである。実はその事を、まだ本人には話していない。つまりサプライズである。

 時計を見ると16時前。

 「まだもう少し掛かりそうかな?」

 そう思い、私は自分のノートパソコンを開き、そして日記を立ち上げ樟ちゃんの帰りを待つことにした。

 ──4月10日(月曜日)

 私は明日、牧野樟太の路上研修を行うこととなった。急遽、体調を悪くした淀川さんの代打ということで副班長の私がやることになった。

 過去何度か代わりに路上研修を行ったことはあったけど、よりにもよって何故に今回、牧野樟太だったのか? ······まあ、そんなことを考えたところで、仕方のないことなのだけれども······。
 私はいつも通りの路上研修をやればいいのだ。
 
 ──4月11日(火曜日)

 この日は、牧野樟太の路上研修だった。

 色々と思うところはあったけど、極力私情を挟まずかつ適切にプログラムを実行し、そして、一乗務員として彼の研修を行うことに集中した。

 当初、彼が以前にこの町に住んでいたことから土地勘には明るいと思っていた。が、離れていた年数が長すぎたせいか記憶が曖昧で、土地勘はほぼ無いに等しかった。

 とはいえ土地勘に関しては仕方がない。何故なら他の新人乗務員も似たような物だから。

 それよりも彼には重大な欠点があることが分かった。それは、行き先が不確かなのに、すぐに発進してしまう悪癖のような物がある事が分かった。

 何度、指摘してもまったく改善しない。
 もはや、タクシードライバーにとって最悪な欠点だと言わざるを得ない。

 これでは、お客さんの迷惑が掛かるどころか、重大な不利益に繋がる恐れがある。彼はタクシードライバーに向いていない!

 もし明日、同じことを繰り返すようなら、私は彼にタクシードライバーを辞めるよう勧めなくてはならない。
 

 ──4月12日(水曜日)
 
 路上研修2日目。
 大変な事実を知ってしまった。
 それは、過去私の中で誓った人生感を180度変えるものだった。

 中学時代のあの時、牧野樟太は私のもとから何も告げずに去っていった。その理由は、牧野樟太が私の事を嫌いになったからだと思っていた。

 だけど違っていた。
 誤解だった。
 私の勝手な妄想だった。

 それを聞いたとき、私は何とも複雑な気持ちになりそして······涙が溢れ出た。

 私は彼に正体を明かそうと思った。

 だけど······出来なかった。出来るわけがない······。

 だって、家族を裏切った憎き父親と彼とを重ね合わせ、今までずっと憎み続けてきたのだから。
 その苛立ちは研修時にも現れていた。

 そんな酷い事をした私が、どの面さげて自分の正体を明かせられるというのか? 都合がよすぎるではないか。私はクズだ!

 ··················今後、どうやって樟ちゃんと接していけばいいんだろうか。

 ······樟ちゃんと色々お話がしたい。
 
 そんな思いが強くなる。

 だけど、私と樟ちゃんの間にはきっと大きな溝がある。100%全て私が悪いのは分かっている。

 あわよくば、もう一度昔のような関係に戻りたい······。
 
 そうだ! 私はあることを閃いた。

 自分の正体さえ黙っていれば、樟ちゃんにバレなければ良いのではないか? と。 

 我ながらゲスな考え方だけど、でも、唯一私が樟ちゃんの側に居られる方法が有るとすれば、もはやそれしかない。

 ······偽りの自分だったとしても、彼の側に居られるのならば、私はそれでもいい。

 そして、それくらいの罰は受けるべきだ。

 ──4月13日(木曜日)

 路上研修最終日。

 昨日は樟ちゃんから驚きの事実を告げられた。
 いま思い出すだけでもドキドキする。
 突然の事に私は一瞬戸惑ってしまったが、同時に心の奥が軽くなり温かくなるのを感じていた。

 まるで中学生時代に抱いた、心が満たされるあの感覚を思い出す。

 あぁ、私、樟ちゃんの事がいまだに好きなのかも······。

 そういえば今日、樟ちゃんはタクシー人生で初のお客さんをお乗せした。
 そのお客さんはとても優しいお婆さんだった。

 道中、そのお婆さんからいきなり『ご結婚されてるの?』って言われ、私はあまりの恥ずかしさに思わず卒倒しそうになった。

 けど······そうなれば嬉しいなぁ······。

 現地に到着すると降り際にお婆さんから
『あなた、あの運転手さん好きなんでしょ? 頑張んなさい』とも言われた。

 どうしてお婆さんは、私が樟ちゃんの事が好きって分かったんだろう? 物凄く驚いたけど、でも凄いパワーを貰った気がする。ありがとお婆さん!

 その後、樟ちゃんとファミレスに行った。
 以前は家族ぐるみで行ったことはあったけど、二人だけで行くのは今回か初めて。

 樟ちゃんと向かい合わせに座った時は、物凄く緊張した。だけど、樟ちゃんは私と目が合う度にすぐ目を反らしたり、上の空だったりした。

 やっぱり私、嫌われているよね······。

 こうなることは分かっていたけれど、現実を突きつけられると胸の奥が苦しくなる。

 だけどその反面、嬉しいこともあった。

 それは今も昔も、私の事を樟ちゃんは心配してくれて、そして思っていてくれたこと。感極まって思わず人前で泣いてしまったけど······。恥ずかしい······。

 でも、これはショックだった。
 私が樟ちゃんに『その彼女』と聞いたところを、間髪いれずに幼なじみと訂正されたところは、ちょっとへこんだ。そんなにハッキリと言わなくてもいいのに······。
 
 今度休みが重なったとき、樟ちゃんは用事に付き合ってくれるって言ってくれたので、何とか関係が切れずに済んだことにほっとする。次の休みが待ち遠しい。

 日記を読み返すと自然と笑みが溢れる。
 しかし、その笑みは長くは続かず暗い影をおとした。

 中学時代、家庭の事情だったとはいえ、将来を悲観し憂い心を閉ざしてしまった。そして、こともあろうか思い人を憎み私怨を抱いてしまった。

 ──逆恨みもいいところだ。

 だけど、そんなほの暗く沈みゆく人生の中から、彼は二度も私を引き上げてくれた。

 「樟ちゃんに助けられてばかりだ······」

 ダメな自分に嫌気がさす。
 
 「ダメダメ! こんな気分で樟ちゃんには会えない······」

 私は席を立ち窓際に向かう。そして、外に向け大きく深呼吸したあと「うーん」と伸びをした。すると、暗澹たる思いは幾分晴れやかになった。

 そのまま外の風景を眺めていると、数台のタクシーが次から次へと車庫へ向け入っていくのが見えた。

 その車列の中に、私が担当するタクシーのお隣さんである33号車も、同じ様に車庫へ吸い込まれるように入っていく。

 ──樟ちゃんが帰ってきた!

 しばらくすると、車庫から樟ちゃんが出てくるのが見えた。日報を挟むバインダーを持ちながら彼は真っ直ぐと事務所へと向かう。そんな彼の姿を私は目で追っていた。

 作業場から二階に上がってきた樟ちゃんは、休憩室の前で少しの間立ち尽くしていた。きっと中は人で一杯なのだろう。

 そのあと彼が、再び下へと戻ろうとしたので私は急いで彼の名前を呼んだ。

「牧野くん、こっち」

 ここ(会議室)なら誰にも邪魔されず、静かに日報を仕上げられるはずだ。
 そして何より······サプライズも同時にできる! 私はいま、緊張とわくわくとした気持ちで彼を出迎える。


前のページ目次次のページ

コメント

タイトルとURLをコピーしました