思い出の餅パイ(美咲視点)

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [思い出の餅パイ]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
17 思い出の餅パイ

 少し緊張気味に会議室へと入ってきた樟ちゃんは、小さめな声で「お疲れさまです······」と私に挨拶した。

「お疲れさま牧野くん。人が多くて日報が書けなかったんじゃない? この時間になると、昼と夜の交代でいつも込み合うのよ。──えっと、飲み物はコーヒーで良いよね?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「いま淹れてくるから、座ってまってて」

 私は会議室を出ると、早歩きで事務所にある給湯室へと向かった。

 事務所に到着し中へ入ると乗務員の交代時間ということもあり、事務所内は大変慌ただしかった。

「給湯室お借りします」

「どうぞ」

 誰かに向けて言ったわけではなかったけが、何処からともなく返事がきたので、軽く会釈し給湯室へと入っていった。

 さっそく私はコーヒーメーカーを作動させ、その間に自分専用の棚からお菓子の入った箱を降ろした。箱には香月の餅パイと書かれている。

 お守りを買いに成田山へ行った帰りに、和菓子屋さんが目に入り、そう言えばあそこの餅パイって樟ちゃんが大好物のやつだったことを思い出し、ついでに買ってきたのだ。

 お菓子をお皿に盛りつけ終わると、ちょうどコーヒーも出来上がりおしぼりと共にお盆に乗せる。

「樟ちゃん、喜んでくれるかなぁ」

 お盆を持ち会議室へ戻ろうとしたその時、誰かが給湯室に入ってきた。
 
「──っ! ね、ねーさん!?」

「お!? なんだ美咲か」

 突如、私の目の前に作業着姿の女性が現れた。
 うちの会社の整備士長で名前は田口さんという。
 みんなからはねーさん呼ばれている。

 見た目は金髪ショートヘア。
 自称ハーフだと言うねーさんは、目鼻立ちがくっきりとしており、身長は女性としては少し高め。
 私より三つ年上の先輩で、入社した時から何かと目を掛けてくれた優しいお姉さんだ。

 ねーさんはいま、つなぎの上衣部分を腰に巻き、手にはヘルメットをもっていた。
 
「こんにちは」

「おう! ん? お客さんか?」

 ねーさんは私が持つお盆に目をやりそう言った。

「お客さんでは無いです。その······お知り合いと今からおやつを一緒に食べようかと思って······。あ、そうだ、ねーさんも一ついかがですか?」

「お、いいのか? じぁ、一つ貰うよ!」

 持っていたお盆を一度テーブルの上に置き、私は食器棚からお皿を取り出そうとした。
 すると、ねーさんは「そのまま手渡しでいーよ」と言ったので、私はお手拭きも一緒に手渡した。

「サンキュー! それじぁ、いただきまーす! はむ、はむ······。──っ!!! お、美味しいっ!! なにこれっ? どこで買ったの?」

「成田山の目の前にある和菓子屋さんからです」

「あぁ、あの和菓子屋さんね! へ~そうなんだ。んじぁ、今日の帰りにでも寄ってみるか!」

 最後の一口を食べ終えたねーさんは、「うまかった!」と言ったあと、冷蔵庫から自分用のポカリを取り出し、腰に手を当ててそのままラッパ飲みをし始めた。

「はぁ。相変わらずですね、ねーさんは。普通にしていれば美人さんなのに······」

 美人でモデル体型のねーさんは、いつも男勝りで女性らしくない。普通にしていればかなりモテるというのに······と私はいつも思っている。

「普通ってなによ? つか、男嫌いなあんたに言われたかないね。 ······ん!? チョッとまて! おい美咲、お前さっき知り合いって言ってたけど、まさかコレじぁないだろうな?」

 そう言ってねーさんは、私に親指を立てて見せた。

「そ、そんな人はいません! ただの知り合いですっ! 変なこと言わないでください! もう、私行きますからね!」

「ふーん」

 目を細め不適な笑みを浮かべているねーさん。私はそれを無視して給湯室を後にした。


 会議室のドアをノックする。
 しかし、中からの返事は無かった。

 ん? もしかして、おトイレにでも行ってるのかな?

 そうだと思い私は会議室のドアを開けた。

「──ッ!?」

 誰も居ないと思っていた会議室内に、突如人影が視界に入る。私は驚きのあまり身体をビクつかせ「きゃっ」と小さな声をあげてしまった。

 お盆に乗せているコーヒーカップが一瞬傾むいたが何とか溢れずにすんだ。

「お待たせ······ってどうしたの牧野くん!?」

 いま私の目の前に、背中を丸めながら俯く樟ちゃんの姿があった。私の声に気づくと、椅子から立ち上がりこちらに顔を向ける。

「いえ······その、苦情ですよね······?」
 
 え、苦情? ん?
 一体どう言うこと?

 私は今日の出来事をフル回転で考えた。
 しかしその答はでなかった。
 結局お手上げの意思表示として小首を傾げた。
 
「ん? どういう事?」
 
 話を聞くと、一番始めにお乗せしたお客さんからプライベートな事を、根掘り葉掘りと聞いてしまったという。それで、私が樟ちゃんをここ(会議室)へ呼んだため、てっきり注意を受けるものだと誤解したようだ。

 だけど、それは樟ちゃんの思いすごしだった。
 そもそも、苦情の報告は聞いていない。

 私が給湯室へ行っているあいだ、樟ちゃんはずっとその事を考えていたのだろうか。だとしたら、もっと早く戻ってあげるべきだったと、申し訳ない気持ちになった。

 だけど、誤解だと分かった樟ちゃんは、心なしか表情が柔らかくなった。

「ところで、それ仕事の途中だったんじゃないですか?」

 そう言うと、樟ちゃんはノートパソコンへと視線を向ける。

 私は持っていたお盆を一度机にの上に置き、ノートパソコンのエンターボタンを押す。

「あ、これはね············」

 それまで風景だった画像が切り替わり、日記のページが映し出された。

 パタンッ!
 私はすかさずノートパソコンを閉じた。

「──っ!? な、な、何でもないの!」

 あ、危うく樟ちゃんに日記を見せるところだった! こんなの恥ずかしくて見せられない。いや、それどころか私の正体までバレてしまう! 

 ──うぅ、変な汗が出てきた。

「あ、すいません。変なこと聞いてしまって······」

「いや、ちがうの! これはその······日記みたいなもの······なのかな?」

 うん、嘘は言っていない······。
 でも、ちょっとだけ見せられない雰囲気を出してみたり······。
 
「あぁ、なるほど日記ですよねぇ。なるほど、なるほど······」

 ふぅ、何とか押し通せた······。

 とはいえ、どことなく気まずい空気が漂いはじめたので、この空気を変えるべく、私は用意してきたお菓子とコーヒーを樟ちゃんの席に置いた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 さっそく樟ちゃんはコーヒーを一口飲むと、朝買ってきた餅パイに手をつける。餅パイを口へと運ぶわずかな瞬間を、私はワクワクしながら目で追っていた。

「ん!? え、これって餅パイですよね? 俺、大好物なんですよ! あぁ、懐かしいなぁ」

 口に入れた瞬間、樟ちゃんは一度大きく目を見開くと、次第に喜びに満ちた色へと変わっていく。

「この餅パイって、もしかして香月の餅パイですか?」

「正解! 朝、お守りを頂いたついでに買ってきたの。牧野くんと一緒に食べようと思って」

 餅パイを食べたら、きっと樟ちゃんは喜んでくれるに違いない! 私はそう思っていた。そして、その通り笑顔で餅パイを食べてくれた。つられるように私も顔がほころび自然と声も弾む。

「あ、ありがとうございます。というか、おれが帰ってくるのを待っていてくれたんですね。なんかすいません······」

「ううん。今日は牧野くんの初仕事だから、その、ちょっとしたお祝いにね」

 と表向きにはそう言ったものの、本当はただ単純に美味しそうに食べてくる樟ちゃんの笑顔を想像しつつ、私は胸を踊らせながらこの時を待っていたのだ。

 樟ちゃんの目が一瞬涙で揺らぐ。あぁ、こんなにも喜んでくれるなんて、買ってきて本当に良かった······。

 私も餅パイを一口食べる。咀嚼するほどに広がる上品な甘さ。一口一口噛み締めながら、昔一緒に食べたあの時のことを思い出しながら、私はゆっくりと餅パイを味わった。


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