タクシードライバーへの第一歩

スポンサーリンク

タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [タクシードライバーへの第一歩]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
03 タクシードライバーへの第一歩

 ──学科試験当日。

 独特な匂いがする試験会場。昭和時代を彷彿とさせる古びた教室。
 俺はいま、受験票を片手に割り振れた番号の席を探していた。

 廊下側の真ん中あたり。受験票と同じ番号のシールを見つけ俺はそこで腰を下ろす。

 三人掛けの机で、真ん中の席にはシールが貼られておらず空席だった。

 しばらく時間が経つと、騒がしがった教室は、試験開始時刻が近づくにつれ徐々に静かになっていく。
 学生時代の時の試験とはまた違った独特な雰囲気に、俺は少し緊張していた。

 ──やるだけのことはやったんだ······大丈夫。

 集中力を高めるため、俺は静かに目を瞑った。

 ──キンコーンカーンコーン。

 「はーい、始めてくださーい!」

 試験官の声が静寂を破る。
 同時に、紙のすれる音と答案に書き込むペンの音が、あちらこちらから聞こえてきた。

 よしっ!
 俺は目を開きペンを手に取った!

 試験後。会社の休憩室。
 失意のどん底にいる俺の所に、田宮課長がやって来た。

「その、何て言うか······残念だったな······。だが、明日もある! だから気を落とすな!」

 そう言うと田宮課長は、俺の肩をポンと軽く叩く。
 俺はあまりの不甲斐なさに、うつむきながら「はい······」と気の抜けた返事をした。

 ──そう、俺は二種免許の試験に落ちたのだ。

 しっかり勉強して挑んだ試験だったはずなのに。
 記憶力には多少の自信があった······。
 ──なのになぜ試験に落ちたのだろうか?

 ······分かっている。俺は試験を舐めていたんだ。
 普通免許の試験の時のように、今回もきっと楽勝だろと······。

「何か申し訳有りませんでした······。今日は、もう少し会社に残って勉強してから帰ります······」

「そうか······だがあまり気を落とすなよ。気休めかもしれんが、一度目で落ちるやつは結構いる。雰囲気に飲まれてな。俺もその内の一人だ!」

 そう言うと田宮課長は、はにかみながら自分の頭をぽりぽりと掻く。
 俺は顔を上げ田宮課長と目を合わせた。

「はい······明日も頑張ります······」

 気持ちはかなり沈んでいたけど、自分を励ましてくれた田宮課長に、俺はできる限りの笑顔で返す。

 田宮課長は俺と視線を合わせると深く頷き、そして休憩室を後にした。

「とは言ったものの明日の試験、自信がない······。

 今回の試験は、おごりだったとはいえ自分なりにちゃんとやったつもりだった。
 明日もあるとは言ったものの、もし仮にもう一度試験に落ちてしまったらどうなるのだろうか?

 そんな事を考えていると、余計に不安がつのる。

「一体どうすれば······」

 その時、窓から外の風が入り頬を撫でた。
 外を見ると、西の空が夕日で赤く染まっていて、俺はその空をしばらく眺めていた。
 すると不思議と心が少し穏やかになり、明日のテストへの意欲がわいてくる。

「くよくよしていても仕方がないよな。ここでしっかり頑張らないと。そうだよな? 母ちゃん、父ちゃん」

 そう独り言を呟いた瞬間、突然白いカーテンが大きくはためいた。
 休憩室に誰かが入ってくるのを感じ、俺はゆっくりとそちらの方へ視線を向けた。すると······。

 そこに宮坂さんが立っていた。

 「お、お疲れ様です宮坂さん······」
 
 予期しなかった人物の登場に、思わず身体がビクッと跳ねる。少し恥ずかしかったので、俺は挨拶で誤魔化した。

 しかし、宮坂さんからの挨拶はなく、その代わりに、無表情でこちらへ向かってくる。

「はい、これ······」

 そう言うと、俺の目の前に赤い本を差し出された。

「あの······これは?」

「二種免許の過去問集よ」

「はい······?」

「牧野君、あなた試験に落ちたのでしょ? だからよ」

「つまり?」

「あなた試験に落ちるだけあって、やっぱり感が悪いのね? ──この本をあなたにあげるって言っているの」

「はい······」

「この問題集を穴が空くまでやり続けなさい。そうすれば猿でも合格するはずだから」

 宮坂さんの顔を見ると
『これで落ちるようなことがあれば、人間を辞めるべきよ』
とそんな表情をしている。

「あ、ありがとうございます······」

「礼なんて要らないわ。私は副班として、その義務を果たしただけのこと。──それじゃ」

 問題集を俺の手に渡すと、宮坂さんはそれ以上何も言わず、踵をかえしそのまま帰っていった。

 問題集をぱらぱらとめくると、所々に折り目があったり、引っ掛かりそうな問題にはチェックがされている。相当使いこんだ物だとすぐに分かった。

 翌日、再び試験。

 一度試験を経験したからなのか、はたまた宮坂さんから貰った過去問をひたすら徹夜してやり込んだのかはわからないが、不思議と緊張はない。

 徹夜のお陰でいささか眠たさはあるものの、何だか今日の試験はいけそうな気がしてならない。それくらい気持ちに余裕がある。

 とはいえ慢心した気持ちで試験に挑むと、また昨日のような結果になってしまう。
 ここは心を無にし集中だ!

 ──キーンコーンカーンコーン。

 試験開始のチャイムがなる。試験官が「始めてくださーい!」と声を上げた。
 昨日と同じように、紙のすれる音と答案に書き込むペンの音が、あちらこちらから聞こえてきた。

 一時間後。試験が終った。
 ──楽勝だった。自己採点だと満点に近かったのではなかろうか?

 ──そして、試験に合格した。

 合格発表は電光掲示板でされるのだが、自分の番号が点灯したときのあの瞬間は、はっきり言って鳥肌ものだった。

 一緒に分かち合える人が、側に誰かいればなーなんて思いつつも、俺はあまりの嬉しさに両手でガッツポーズをしていた。

 これで、俺はタクシードライバーとしての第一歩を踏み出すことが出来たのだ!

 これも、宮坂さんのお陰だな。
 もしあの時、宮坂さんからこの赤本をもらっていなければ、俺はきっと合格が出来なかっただろう。

 今度宮坂にあったら、ちゃんとお礼をしないとな。

 【中二(自動二種)】と印字がされた免許証をしみじみと見る。夢じゃないんだな······。
 そう思ったとき、少しだけ涙がこみ上げてきた。
 俺は服の袖で涙を軽く拭き、そして免許証を大事に財布の中へと納めた。


前のページ目次次のページ

関連記事

タクシーの試験は難しいですか?簡単ですか?裏技がありますか?

タクシー会社に入社後、二種免許(タクシー免許)試験で不合格!何回落ちるとアウトですか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました