私のことに気づかない彼(美咲視点)

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [私のことに気づかない彼(美咲視点)]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
05 私のことに気づかない彼(美咲視点)

 ──あれから5年の月日が流れた。

「あ······、ま、牧野樟太です。よ、よろしくお願いします」

 あろうことか、あの憎き裏切り者が同類、牧野樟太が目を輝かせながら、私の目の前に立っていた。

「牧野しょ············!? ゴホン。······またうちの班に若い人ですか? 別にいいですけど······」

 私は怒りで震える身体を無理矢理に抑え、何事も無かったかのよう振る舞い、そしてこの場から立ち去る事にした。
 
「よ、よろしく······じぁ······」

 ──ん? 

 一目見た瞬間から、私は牧野樟太だとすぐに分かった。だって、あの時の忌々しい面影がそのままだったから。

 ······だけど、いまの感じ······彼は私が宮坂美咲だということに全く気づかなかったようにも思えた。
 名字が変わったから? いや、もしかすると知らないふりをしているかもしれない。

 私は疑心暗鬼になりながら、事務所の中へと入っていった。

 ──二日後。
 牧野樟太は二種免の学科試験に落ちたらしい。
 作業場での一件で、わざわざ釘を刺してやったというのに······。

 だけど、いまだに彼は私の事を宮坂美咲だと分かっていない風だった。
 やはり······わざとそうしているだろうか? 
 ······それならそれでいいんだけど··················でも、やっぱり気になる。

 それにしてもなぜ私だけが、こんなもやもやとした気持ちにならなくてはいけないのだろうか? そう考えるだけでも腹が立つ。

 ──そうだ!
 この機会に真意を確かめてやる!

 そう思った私は、過去に使った二種免許の過去問を携え、彼のもとへと向かった。

 二階の休憩室。ドアのガラス枠から中を覗き見ると彼はいた。何やら窓の外を眺め黄昏ている。
 ······何を見てるんだろう?

 ドアを開けた瞬間、部屋の窓から風が吹き抜けた。同時に彼がこちらに振り向く。

「お、お疲れ様です宮坂さん······」

 牧野は少し驚きながら、たどたどしく私に挨拶をした。······なんて白々しい。

 わざとらしい牧野の挨拶を私は無視し、一歩一歩近づく。

「はい、これ······」

 牧野の側まで寄ると、私は持ってきた過去問を彼の目の前に差し出した。
 すると牧野は一瞬驚き、右足を一歩後ずる。

「あの······これは?」

「二種免許の過去問題集よ」

「はい······?」

「牧野君、あなた試験に落ちたのでしょ? だからよ」

「つまり?」

「あなた試験に落ちるだけあって、やっぱり感が悪いのね? ──この本をあなたにあげるって言っているの」

「はい······」

「この問題集を穴が空くまでやり続けなさい。そうすれば猿でも合格するはずだから」

 牧野が、本当に私のことを気付いていないのか確かめるため、私は彼の目をじっと見つめた。

「あ、ありがとうございます······」

「礼なんて要らないわ。私は副班として、その義務を果たしただけ。──それじゃ」

 彼の目や仕草から、嘘や偽りというような雰囲気は全く感じられず、普通の先輩後輩の会話でしかなかった。
 ······やっぱり、私だと気付いてないんだ。

 まるで私だけが意識していたみたいで、それはそれでなんだかムカつく············。

 あっ······。そういえば、あの人······他人の顔認識が他人よりも低かったような······。

 私たちがまだ幼かったとき、彼はテレビに出ていたアイドルの顔がなかなか覚えられず、何度も何度も私に聞いていたような気がする。

 ······つまり、私が宮坂美咲だという事を本気でわかっていない······可能性大。

 ムカッ! 何よそれ! やっぱり、私一人が勝手にもやもやしてたってことじゃない!

 もう、それならそれでいい! もうどうでもいい!

 ──でも······。

 せめて、あの時、一番辛かったあの時にいきなり私の前から姿を消した裏切りを、あの人に分からせたい。そして······謝ってほしい。
 いや、いつまでも側にいて受け止めてほしかった。

 溢れだしそうな涙をこらえ、私は階段を下りていく。

 ──翌日、私は田宮課長に呼ばれた。
 
「おっ、悪いね宮坂さん。もう知っていると思うんだが、淀野さんがちょっと体調を崩したそうでしばらく休むそうなんだ。そこで悪いんだけど明日から3日間、牧野君の側乗をお願いしたいんだが?」

 本来、新人研修の一つである側乗は班長の仕事である。しかし、何らかの事情により無理なときは副班が変わりにすることが決まりになっていた。

「······え!?」

「ん? 何か都合でも悪かったか? なら、班の誰か──」

「いえ、私がやります。明日からてすね?」

「あ、ああ······じぁ、よろしくたのむ······」

 訝しそうな表情を一瞬見せた田宮課長は、手の甲で眼鏡を上げると、机に置かれていた研修用の道具箱を私に手渡した。

 いままで側乗研修は何度かやったことがあったので、それについては何ら問題はない。
 しかし、よりによって牧野の担当を私がすることになるとは思いもよらなかった······。
 私は小さなため息をつき、事務所を後にする。


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