タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [タクシーの洗車と宮坂さんの人柄]
第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
06 タクシーの洗車と宮坂さんの人柄
二日間あった屋内研修を終え、いよいよ明日から路上研修が始まる。
路上研修では、車の清掃からメンテナンス、さらには接客まで幅広く学んでいく。
そして、班長を横に乗せ土地勘を学ぶ、いわゆる側乗という名の路上研修が一番のメインとなる。
「ということで明日から三日間、副班長の宮坂美咲さんが側乗することになったので、しっかりと教わってほしい。ちなみに彼女、うちの会社で売上トップだ。そんな人に君は教わるんだから、ある意味ラッキーだぞ」
腕を組みながら笑顔で頷く田宮課長。
「側乗は班長がするものではないのですか?」
「いや、今回は宮坂さんが教官をすることになったんだ」
怖い淀野さんよりも美人の宮坂さんの方が嬉し······いや、複雑な気分だな······。
まさに、前門の虎後門の狼といった感じだ。
「淀野さんは、少し体調を壊してね、しばらく休養をとることになったんだよ。と言うか、宮坂さんが側乗するのは不満か?」
「いやいやとんでもないです! でも、淀野さんは心配ですね······」
「ま、大したことはないとは言っていたし、すぐに復帰すると思うよ」
田宮課長は眼鏡をくいっと上げ、話題を変えた。
「それはそうと君を呼んだのは、明日の側乗の事とこれを渡すためだったんだ」
そう言うと田宮課長は、釣り銭入れとバインダーを俺に手渡した。これらは、タクシードライバーにとってとても重要なアイテムらしく、明日の路上研修では持ってくるようにと言われた。
「じあ、明日は8時出勤。33号車前で集合。遅刻するなよ」
「はい!」
この路上研修を三日間終えると、次からは一人立ちの本番だ。しっかり頑張らないとな!
◇
朝の7時30分。
田宮課長に言われたとおり、直接33号車のもとへと向う。
30分前と少し早く着きすぎた気もするが、でも教えてもらう身としては、これくらいはあたりまえだと自分に言い聞かす。
そう思った矢先······。
すでに宮坂さんの姿があった。
もこもことした毛ばたきで、車のボディに付いた埃を丹念に払っている。
って、おい! 俺、もしかして時間を間違えた!?
そう思い、俺は全力で33号車のもとへ駆け寄る。
「す、すいません! 遅くなりました!」
開口一番に詫びを入れ、そして深々と頭を下げる。宮坂さんは左右に動かしていた毛羽きを一旦止め、こちら側に身体を向けた。
「おはよう、牧野君。遅刻じゃないから別に謝る必要はないわ」
宮坂さんは、毛羽きの柄をトントンと叩き埃を落としながらこちらを見据えた。
「そ、そうですよね······すいません」
何か怖え~。
「時間まであともう少し有るけど、どうする?」
宮坂さんは時計を確認し、ゆっくりと顔を上げ俺の顔をみる。
と言われましても······。
むしろ宮坂さんの方から何か指示を出してほしいんだけど······。
「あ、えっと······それじぁ、宮坂さんがよかったらでいいんですけど、自分としてはもう始めてもらってもいいかなぁ·····なんて思うのですが。······どうでしょうか?」
「そう。それじぁ、はじめましょうか」
そう言うと、さっそく宮坂さんはバケツに水を汲み、そのバケツと洗車用タオルを俺に手渡した。
「一日の始まりはまず洗車から。私の場合、車内を掃除してから、次にボディを洗っているわ。これと言って、特に気を付けることは無いけれど、ただ、お客さんから見て、この車がどう思われるかということを私は意識してるわ」
「なるほど、つまりお客さん目線ですね」
「そうね。車内は私が掃除するから、牧野くんはボディを洗ってくれるかしら?」
「分かりました」
20分ほどで洗車をし終えた。
気合いを入れ洗車したせいか、どえらくキレイになった気がする。
······いや、ワックスがしっかりと効かせてあるからだろう。タイヤにも専用のワックスが掛けられてある。
「終わりました」
「お疲れ様。うん、綺麗になってる。合格ね」
「ありがとうございます!」
美人さんに誉められると、なんだか嬉しくなる。
うん、これからもピカピカ洗車を心がけるぞ!
──ボンッ!
と、ボンネットの開ける音がした。
「今度はエンジンルーム。といっても、最低限の点検をするだけ」
そう言うと宮坂さんはボンネットを上にあげ、エンジンルーム内を覗き見る。その瞬間、あまりの綺麗さに俺は思わず声をあげてしまった。
「え!? エンジンルームまでピカピカ······」
「別に凄いことじゃないわ」
「いや、そうなんですけど······。あ、でもエンジンルームも綺麗にしないとダメと言うことなんですね」
車の洗車って、なにも車内とボディだけじゃないんだ。これは盲点だった。
綺麗にしているんだ宮坂さんは。
「ううん、エンジンルームは自主的にやってるだけ。普通はしなくていいの。ほとんどの人は、やっていないわ。──ただ、いつもこの車にはお世話になっているし、そのままっていうのもね······。まあ、綺麗にするのは、この車に対しての感謝の気持ちみたいなものね」
少しショックを受けた。今まで自分は、物にたいして感謝したことはあれど、こういった形で感謝をしたことがない。
──宮坂さんって、きっと心が綺麗な人なんだろうな。
その後、宮坂さんから日々のメンテナンスのことを教えてもらった。
洗車が一通り終わると一旦休憩を挟む。いよいよ路上研修がはじまる。
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