タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [はじめての路上研修]
第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
07 はじめての路上研修
「牧野くんは、この辺りの土地勘は詳しいのかしら?」
「少しくらいなら」
この付近の土地勘について俺がどのくらい知っているのか、宮坂さんは聞いてきた。
中学時代まで住んでいたので多少分かるものの、それは狭い範囲でしかない。しかも、記憶も曖昧なところもある。
「それじぁひとまず会社から出て、枚方市駅に向かってくれる?」
「はい。枚方市駅ですね。かしこまりました」
いよいよ始まった路上研修。
一発目の目的地はこの町で一番大きな駅だった。
その枚方市駅まではおよそ20分かかる。
会社をでて、かれこれ10分ほどたったのだが、宮坂さんとはまだ一言も会話をしていない。
横目にちらりと宮坂さんを見ると、微動だにせずに前を見ているだけだった。
時折下を向きメモ取っている様子だけど、何かの審査なのだろうか? ······とても気になる。
「さっきから、ちらちらとこっちを見ているようだけど、ちゃんと集中して運転をしてくれるかしら? あなたと心中するなんてまっぴら御免だわ」
「──ッ!? す、すいません······」
見ていたことがばれてるよーっ!
いささか不穏な空気が漂うなか、俺はタクシーの運転に全集中する。道は混んでおらず、信号もオールグリーンだったのであっという間に目的地である枚方市駅に到着した。
「つ、着きました······」
「ご苦労様。ルートはいまの感じいいわ。······でも、もしお客さんを降ろす時は、ここじゃなくあそこで降ろすように」
「は、はい!」
「それじぁ、次は星ヶ丘医療センターに行ってくれるかしら?」
「あ、はい。星ヶ丘医療センターですね。かしこまりました」
マニュアル通りの接客をし、自分が思い描くルートを頭に上で浮かべる。そして、ルートが決まったところでドライブにギアーを入れ、アクセルを踏み込んだ。
よし、いまのところは快調だ! 道に少し不安はあったけど、結構いけるもんだな!
ところが、しばらく走ったところで宮坂さんは静かに口を開いた。
「牧野くん。あなた何処に行くのかしら?」
「え? どこって、星ヶ丘医療センターですが······」
なぜそんな事を聞いてきたのか分からずにいると、突然宮坂さんは深い溜め息をつき、メモにチェックをいれた。
「あのね牧野くん、あなたの中ではじっくり考えたルートだったかもしれないけど、それは必ずしも正しいとは限らないの」
「え!? ドライバーは自分で考えて、走るものじゃないのですか?」
一体どういう事だ?
プロのタクシードライバーたるもの、自らルートを考え、その通りに走るんじゃないのか? それが普通ではないのか?
そう考えを巡らせていると、宮坂さんはペンを置くと視線をこちらに向けた。
「それは半分あっているけど、半分間違ってるわ」
宮坂さんいわく、目的地へのルートは何通りかある。しかし、だからといってドライバーが勝手考えて走っていいものではないと言った。
例えば駅出しの場合、昔から根付いているルートというものが確立していて、基本はその通りに走らなくてはいけない。お客もその辺りはよく理解している。
ゆえに、自分勝手に決めて走ることはご法度なのだ。
仮に道が分からなかったり不安がある場合は、その旨を打ち明けた上でお客さんに道を聞いたり、ルートの確認を必ず取らなくてはいけない。
もし、これを怠ると最悪、苦情になる可能性が多いにあるという。
「牧野くんのこのルートは決して間違いではないけれど、この道は遠回りだし渋滞する可能性があるの。普通プロのドライバーならここは使わないわ」
「な、なるほど、そうなんですね。なかなか奥が深いですね」
その後も、宮坂さんが指定する場所を何ヵ所かまわる。その度にダメ出しをうけたけど、そのぶん勉強になった。
もう気がつけば定刻の時間になっていた。
大したことをしていのにも関わらず、何だかどっと疲れたような気がする······。
地元と言っても、あまり知らないエリアだったので余計に疲れたのかもしれない。
ともあれ、ドライバーの土地勘はいわば商品と言ってもいい。商品をたくさん知るという事はそれだけ実力のあるドライバーだといっても過言ではないのだ。
──もっと道の勉強をしなくてはいけないな!
「お疲れ様。今日の研修で牧野くんの土地勘レベルが、おおむね分かったわ。──そうね。地元の人のわりには、土地勘が全く分かってないレベルかしら? でも、明日は、あなたが元々住んでいた樟葉エリアを走るから、今日みたいなことにはならないと思う」
「──え!? どうして俺が樟葉エリアに住んでいたことを知ってるんですか?」
「──ッ! あ、いや、あの、そ、そうよ! 枚方市駅エリアがあまり得意そうじゃなかったから、もしかして樟葉エリアに昔住んでいたのかもって思っただけよ。ふ、深い意味は無いかしら?」
まあ、確かに樟葉エリアも大きな町だ。きっと当てずっぽで言ったのかもしれない。
それにしても宮坂さん、なんでこんなにもおどおどしてるんだろう? ······珍しい。
「そうですか。中学時代まで樟葉エリアに住んでいたんですよ。あ、でも再び帰ってきたんですけどね最近」
「そ、そうなんだ······。じぁ、土地勘は大丈夫そうね?」
「はい! という訳で明日もよろしくお願いします。あ、それと今日はありがとうございました」
「あ、うん。また明日······」
今日の研修は散々だったけど、明日はうまくやって評価を上げるぞ。
とはいえ地元だからって慢心はだめだよな!
よし、いまから樟葉エリアを探索してから帰るとするか!
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