誤解(美咲視点)

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タクシードライバーに出会いを求めるなんてと思っていたら、会社に高嶺の花がいた件 [誤解]


第一章 タクシー会社にいた高嶺の花
09 誤解

「あと一ヶ所だけ行きましょうか。もしこれでダメだと私が判断したら、側乗はそれで終わり。これがどういう意味か分かるわよね?」

「はい······」

 俯きながら牧野樟太はこたえた。
 もし次も目的地に着かなければ、彼は落第だと言うことを分かっている。つまりクビなのだ(※現実はクビになりません。フィクションです)。

「それじぁ、○○中学校近くの大階段下にお願いします」

「はい! ○○中学校近くの大階段下てすね。かしこまりました!」

 この研修で何度も繰り返しやって来た事。
 それは······。

 ──目的地が分からなければ必ず聞くこと。

 新米ドライバーに取って、これはとても大事な事なのだ。

 にもかかわらず彼はその確認を今回も行わず、指定されたその場所を了解した。つまりそれは理解しているということになる。
 もうこれで、間違えることは絶妙に許されない。
 
 ──そして、彼は再び間違えるだろう。

 何故なら、その大階段はいまはもう存在しないからだ······。

 正確にはその階段は去年まではあった。
 しかし、老朽化が進みこのままでは危険ということで、地域住民の意向で取り壊されるこになったのだ。つまり今は階段ではなくただの壁。

 彼は引っ越してどこかへ行ってしまったから、その事情を知らない······。

 どうであれ彼は今回の目的地も力強く了解した。
 だから、その階段の場所(······)に着かなくてはならない義務がある。

 そして、その場所に着いたとき、彼はきっと驚き困惑することだろう。だけど重要なのはその先。

 ──そこで彼はどう答えるか? 

 到着したとき『記憶が曖昧でした』や『間違えました』と逃げるよなら、そこでおしまい。

 もし、過去に階段があったことを自信をもって、かつ丁寧に言えたのなら研修は継続。
 
 本当ならこの研修において彼は既に落第している。
 私は彼の事は嫌いだけど······幼なじみのよしなとして、最後のチャンスをあげることにしたのだ。
 

 しばらくして、タクシーは○○中学校近くの大階段下に到着する。

「着きました······」

「······どこに階段があるのかしら? 私は大階段下に行ってほしいと行ったのだけど?」

「えっと······」

「これどう見ても壁よね? 知らないから適当な事を言っているんじゃないの?」

 私はわざと苛立っているようにみせて、彼を追いつめる。······もう潮時ね。

「もうこれで分かったでしょ? あなたはやはり、タクシードライバーには向いていな──」

「──む、むかし、幼なじみとよく、ここに来ていたんで絶対間違えませんっ!!」

「へ!?」

 予想しなかった彼の言い訳に、私は思わず変な声を上げてしまった。······何でよりによって昔の話?

「自分がまだ中学だったとき、仲のよかった幼なじみとよくここへ来て話をしていたんです。その子は少し······家庭環境が大変で······」

「············」

「中学生の俺にはどうすることも出来なかったけど、せめて話を聞いてあげて少しでも楽になってくれたらいいなっておもっていたんです。──って、あれ? 俺何の話してるんでしょうね······ハハハ」

 そう言って彼は恥ずかしそうに下を向き、人差し指で頬を掻く。その刹那、彼は表情を曇らせた。

「すいません······変な話して。もう、不合格ですよね?······会社に帰りましょう······」

 彼はクビになることを悟り憂いた表情を浮かべた。

「ち、ちょっと待って! そ、その彼女はどうなったのかしら?」

「え? わ、分かりません······。俺、何も言わずに引っ越ししてしまったんで······」

 そう······。あの時、あんたは何も言わずに突然私の前から逃げたのだから!
 あーもう! 何か思い出しただけで腹が立ってきた! もう、この際だから一言いってやる!

「そうよっ!! この裏切りも──」

「うちの両親、旅行先で事故にあって······それで、色々あって······親戚の家に引き取られることになったんです」

「え······?」

「だいぶ落ち着いたころに、彼女の事が心配になって家まで見に行ったんです。······だけど、彼女はもうそこには住んでいませんでした。家族がうまくいってればいいのですが······。──って、いま宮坂さん何か言いかけましたよね?」

「え? え? い、いや、なんでもない······わ」

 ちょ、ちょっとまって! 
 ま、牧野樟太は私が嫌いになったから······、だから何も言わずに何処かへいってしまったんじゃないの!?

 牧野樟太はその後も、とうとうと私の知らない真実を語っていく。

「それまで東京に住んでいたのですが、社会人になると同時にこっちに戻って来たんです。もしかしたらまた彼女に会えるかもしれない······そう思って······あっ! すいません、また変な話をまたしてしまって······。じぁ、会社に向かい──」

「まって! ······その話、もう少し聞かせてくれるかしら?」

 そう言った私に、牧野樟太は『なんでそんな事を聞きたがるのだろう?』というな表情を浮かべている。

 ──だって、その先をもっと聞きたい! 私はそう思ってしまったから。

「で、どうしてまた戻ってきたの? だって、その······彼女はどっかに行ってしまったのでしょ? 戻ってくる意味なんてなかったのでは?」

 だってそうでしょ? 居なくなった人をどうやって探すって言うの? それはともかく、あれから8年が経っているのよ? いくら幼なじみとはいえ、縁なんかとっくに切れてるじゃない。

「あの時、やむを得ない事情があったとはいえ、彼女の前から急に居なくなったんですよ? 彼女からしてみれば俺は逃げるような形になったと思うんです。裏切ったように見えたと思うんです。たがらきっと俺の事······恨んでいるかもしれません······。だけど······」

 牧野樟太はハンドルを強く握りしめ、そして下唇を強く噛んだ。

「──心配なんです······彼女の事が今も。······もちろん、あれから何年も経っているから、家庭の問題は解決しているかもしれません」

 その瞬間、彼の瞳は力強い色に変わった。

「だけど、もし彼女がまだ悩んでいたり悲しんでいるんだったら、また昔みたいに寄り添って話を聞いてあげたい。······もし、自分に出来ることがあれば全力で助けてあげたいって思ったんです。······ただの思い上がりの自己満ですけどね」

 彼が言い終えた瞬間、私の胸の奥で何かがチクリと刺さるのを覚えた。それは痛い物ではなく、切ない胸の痛み。

 ──樟ちゃん······。
 
「──ッ!?」

 不意に目頭が熱くなるのを感じた。
 溢れだしそうな涙を彼に見られたくないと思い、私は顔を背ける。
 同時に嗚咽をもらしそうになったが、必死にこらえた。

「宮坂さん? だ、大丈夫ですか······?」

 隣から心配そうに声を掛けてくれる樟ちゃん······。声を聞くだけで心が温かくなる。

 ──あぁ······、この感じ、あの時と同じだ······。

「だ、大丈夫······。あの······私──」

 私はいま、自分の正体を明かそうとした。
 だけど、彼がこの会社にやって来たとき、私は彼にどのような態度を取ってきたのかを思い出し、思い止まる。

 冷たく彼と接し、時には辛辣な態度を取り、そしてさっきまで彼を落第にさせようと目論んでいた。

 それだけじゃない。
 中学時代、事もあろうか家族を見捨てた父親と彼とを重ね合わせ、この年までずっと憎んできた。

 そんな醜い私なんかが······。

 ──正体を明かせていいわけがない······。

「ごめんね牧野くん心配かけて。それと今日の研修は合格。あとは、そうね······。この辺りを少し流してから帰りましょうか?」

「あ、ありがとうございます······?」

 突然の合格に、樟ちゃんは少し複雑そうな表情を浮かべている。
 あぁ、この困ったような顔、あの時と一緒だ······。

 ん? あれ? 

 急に身体に熱をおび、その瞬間に顔も赤くなる。
 その事に気づかれたくなかった私は、彼を視界に入らないように背け、外の風景を見て気を紛らわせた。


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